“【10月18日配信】古事記の宇宙「神道には善悪の区別がない!?」竹内睦泰 聞き手:小野義典【チャンネルくらら】” を YouTube で見る

言葉の音読は物質の言葉の中に意味が潜んでいることを学びました。ありがとうございます。言葉を出来上がったモノのイメージで語るが、本来はその言葉を因数分解すると、その出来上がった言葉の本質的な意味が見え隠れしている。しかし、今はヨコモジを比喩した造語が当たり前になったおかげで、言葉の意味そのものを三次元空間認識で固定化することによって、本来の日本語の本質的な意味を哲学することをしなくなったため、見えないものに対しての崇高精神を軽視することで、世界が低次元脳になって森羅万象を愛することをしない魂の抜け殻みたいになっている人間が多くなってしまっている。

 まだ、漠然とした予見ですが(私の妄信)、これからは物質的な力【三次元】の闘いよりも、文化的な力【多次元】の闘い になると思います。まだまだ 太古の隠された 真実を世に知らしめる ために 、   明解な論説の材料として少しでも役にたつのではないかと思いコメント致しました。

  【愛魂 注入】

hymisoshiruの事なかれ主義の家畜洗脳されたもの対して  の魂の叫びを投げかける

今現在生きている人類がタイムトラベルで事実を事実として認識できないのは当たり前のことではあるが、それが太古の書物であると信じなければ、過去を知らないということになり、未来にまた同じ過ちを繰り返すことに繋がるわけで、過去も現在も未来も我々を含んだ森羅万象が見えないカルマとして人間は認識しなければならない。いつまでも低次元な事なかれ主義の魂の抜け殻のような生きているが死んでいる状態から解放しなければならない。つまりいつまでも三次元空間認識の呪縛に取り憑かれているようでは遠かれ近かれ地球人類は呑み込まれることに気がつかないとならない時代に突入した。理屈に固執する(アカデミズム)や世論人間は、そもそも太古の書物は全て出鱈目だと切り捨てるが、その出鱈目がどうして出鱈目のような書き込みになったのか現場確認や推察する必要は当然だし、寧ろ出鱈目が太古の歴史を裏付けていることにも気がつかない方が問題である。それもしないで肩書きの鉈を振りかざして煩悩に浸っている人間のほうが全く信じられない。更にそれに迎合する低次元脳は洗脳されて操作されていることにも気がつかない家畜脳になってしまっている人間が溢れかえっていることに対しても非常に残念だ。

【追加】

人間は基本的に愚かな生き物ですので、何もないところから、つまり無から想像することはできません。必ず何かしらの材料はあります。この世の中に存在するありとあらゆるものの事実は時空間を超えても、実は事実という解釈を人間が己の存在認識を確認するため、己の肉体と魂を同一化して己が存在という存在解釈するためである。要するに全ては過去現在未来も人間の解釈に過ぎず事実はこの世の中には存在しません。しかし、真理を追い求める中でそれが事実か虚像か解釈を永遠にしていくことが人間の魂を鍛錬することであり、答えを見つけてそれが答えであると決め付けた時から人間は衰退の道標に向かっています。我々も宇宙の一部でその脳や肉体を形成しているのは一つ一つの電子から原子から分子そして三次元の固体液体気体として存在するが、その宇宙の大自然に対して解釈の論理を注入させることは正に科学であると考える。要するにこれからの時代は三次元空間認識の物質的欲望ヒエラルキーから多次元空間認識の宇宙的自然ヒエラルキーに変えられるか最大の課題であると解釈する。

超古代文明 298A3「聖徳太子、蘇我家、核戦争(ツタンカーメンは日本人)、日本神道とイエス、富士文書、竹林の七賢人」竹取翁博物館(国際かぐや姫学会)2016.8.30

#イエスキリスト, #コロポックル原始日本人(宇宙人), #ツタンカーメン, #モーセの十戒, #神代文字, #聖徳太子, #自然崇拝, #蘇我, #古神道, #古事記, #天皇, #宇宙人, #富士文書, #核戦争

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古代日本は中国に占領されたPART2~漢字文化に抹消された真実

高橋良典(著)1994年7月 【太古、日本の王は世界を治めた!―神代文字が明かす消された歴史の謎】から抜粋 

謝辞 1995年12月にイルミナティの秘密中枢が日本のマスメディア・出版界から彼を密かに追放したため絶版となりました。

古代日本は中国に占領されたPART1~漢字文化に抹消された真実より続編

【日本解体】を目にした天武天皇の憤慨

これまで日本人は、中国の漢字文化を受け入れることによって、原始の日本が開明化したかのように教えこまれてきたが、それは果たして本当だろうか。実際は逆ではなかったか。中国の日本占領支配の実態は、目にあまるものがあったように思われる。壬申の乱に勝利して、中国の日本占領支配にいちおうの終止符を打った天武天皇も、国内の中国人に対し、憤慨してこう述べている【日本書記】天武六(677)年の条。

汝らのやからは、もとより七つの悪しきことを犯せり、…常に汝らは謀りごとをもって事わざとなす

つまり、中国人がいつも陰謀を企て、国家の解体をはかってきたことを天武天皇は糾弾しているのである。こうしたことはおよそ、戦争に敗北した国が占領軍に対して種々感ずることであろう。通常の日本人が、史上初の被占領体験と考えている第二次世界大戦後の約十年間にも、同様のことをアメリカに対して抱いたと聞く。いや、それ以上のものだったろう。被占領時にその国の歴史に根ざす貴重な遺産ともいえる言葉や文字を剥奪された例はたくさんあるし、戦勝国の文字を押し付けられた国は古今東西を問わず多くの実例で確かめることができる。しかし、である。まさか私たちの国にもこのような屈辱的な歴史があったとは、読者は夢にも思わなかったであろう。そう、日本は白村江の戦いに敗れて中国に占領され、漢字使用を押し付けられるなかで神代文字を喪失したのだ。

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稗田阿礼は神代文字の【通訳】だった

天武天皇は、二度目の被占領時の首相・吉田茂にたとえられるかもしれない。完全な再独立こそできなかったにしても、主権を回復はなしえたことと思われる。その一端が【古事記】の成立である。また、天武の即位後しばらくして【筑紫都督府】の呼称も消えている。ちなみに、さきにもふれた壬申の乱だが、通常、天智と天武は兄弟であり、この内乱は皇位継承をめぐって天智の子・大友皇子との間で戦われたとされている。しかし、そうした考えからは天智と天武の政策の違いが全く説明できない。そこに【歴史の闇の封印】が介在していることは明らかだろう。前述した系統の違いはその意味でも注目される。そして、これを詳述するには紙面に限りがあるため、ここでは皇室の菩提寺(京都の泉涌寺)に天武天皇の墓がないことだけをいっておこう。

さて、稗田阿礼が【詠み】それを太安万侶が漢字で書きとめてつくられたといわれる。【古事記】だが、私はなんらかの圧力(例えばそれ以前にあった日本の古代文字の記憶を漢字に改めるようかかった圧力)と、日本の解体を憂慮した天武天皇の意思とが相乗されて撰録(せんろく)されたと考えている。その証拠に【古事記】には、稗田阿礼が神代文字で書かれた記録を【読んだ】ものを安万侶が漢字に改めていったという意味合いのことがはっきり書かれている。例えば、安万侶自身が【古事記】序文でこう述べている。

そこで天皇(天武天皇)は阿礼に命じて、帝皇の日継及び先代旧辞を詠み習わせたり・・・・。

ここに天皇(持統天皇)は、帝紀及び旧辞の違いを正そうとして、臣、安万侶に命じて、阿礼が詠むところの先帝(天武天皇)の御命令になられた旧辞の類を撰録して差し出すようにと仰せられた・・・・。

つまり、安万侶は「阿礼が詠むところの帝紀・旧辞」を手がかりとして、【古事記】を編纂(へんさん)したのである。もし帝紀や旧辞が漢字で書かれたものであるなら、漢文の達人だった安万侶がそれを自分で詠めば済むことで、わざわざ阿礼の口を借りる必要はないはずだ。これはどういうことを意味するのか。そうだ【古事記】のもとになった*【帝紀】【旧辞】は、阿礼には詠めても安万侶には詠めない文字、つまり日本の古代文字で書かれていたのだ。そして、阿礼は神代文字で書かれた記録と漢文の橋渡し役、いわば通訳として安万侶のために働いた、ということではないか。記憶力抜群といわれた阿礼は「詠み習ったもの」を記憶した。しかしそれは、神代文字で書かれていたものを詠んで、それを記憶にとどめたということなのだ。正史編纂という国家の重大事業にあたって、おそらく阿礼は、神代文字で書かれた【帝紀】【旧辞】を暗読するぐらい念入りに詠み、それを丁寧に安万侶に詠んで聞かせたものと思われる。

*聖徳太子(574~622)が編纂したとされる【天皇記】【国記】などに関連する名のみ残る史書。【旧辞】は【先代旧事本記】(せんだいくじほんぎ)ともされる。

ヒエタノアレモコロサレキ~知りすぎた男の悲劇

こうして日本人は、八世紀の初めに【古事記】【日本書紀】というかたちで、漢字に置き替えられた日本の歴史書をもったが、そのもとになった【帝紀】【旧辞】などの書物、あるいは日本に古くから伝わる固有の文字で書かれた由緒正しい歴史の記録を失うことによって、本来の日本人がもっていた自由な精神や創造的な見方さえも失ってしまったのではないか。私がこのことを痛感するのは、ほかでもない。宮崎県の高千穂で見つかった碑文(郷土誌【すみのえ】104号所収)を私なりに解読した結果、そこに以下のような恐るべき一文が刻み込まれていたことを確認したからである。

【ヒエタノアレモコロサレキ】(稗田阿礼も殺されき)

この短いが驚くべき一文について、説明は要すまい。稗田阿礼は【古事記】の完成した712年後のある日、突然、何者かの手によって暗殺されたことえを、この高千穂碑文は物語っているのである。もしこのことが事実であるとしたら、彼の死は、日本の古代文字資料に記されていた真実の歴史が、闇の力によって葬られたことを意味するのである。そして、このことはまた、そのような力がつい最近まで、全ての日本人の無意識に働きかけ、私たちの歴史解明の努力を歪めてきたことをも意味している。【古事記】【日本書紀】が日本の古代文字で書かれず、漢字を使って書かれた背景には何があったのか。日本人の言葉と歴史が漢字に置き替えられたとき、そこにはどんなトリックが用意されていたのか。稗田阿礼は、その秘密をあまりにも知りすぎたために消されてしまったのではないだろうか。おそらく阿礼と同じ運命にあった者は一人や二人ではなかったろう。「稗田阿礼も・・・・・」と記述からそれを察することができる。

ベールに覆われた日本人の祖先の歴史

私は漢字以前の日本の古代文字の存在について検証してきた。日本には漢字以前に文字がなかった、という定説がなぜつくられてきたのだろうか。それは、この高千穂碑文の解読結果、「稗田阿礼も殺されき」という言葉によっても推測されるように、意図的に日本の過去の歴史が消されていった事実を示しているのだ。時の権力者、この場合は中国【唐】の日本占領の指令によって、日本古来の文字を使うことが禁止され、占領国の文字【漢字】を使用することが強制されたのである。

とはいうものの日本は古い国である。古代の【残存遺物】は多く残されているし、【古史古伝】と呼ばれる【紀元前の書】にも伝えられている。これらの文書は、もちろん日本の古代文字で書かれていたに違いないが、古代文字の使用が禁止されたあとは、漢字を当てはめて書き写され、伝えられてきた。【古史古伝】が偽物、偽書とされる理由は、その内容が記紀と異なる部分が多い事にある。しかし記紀の記述が100パーセント正しいという証明はなされていない。

【魏志倭人伝】に記述されている邪馬台国や、その女王の卑弥呼について、記述は一言もふれていないではないか。逆にいえば、【魏志倭人伝】を中心にみるなら、記紀こそ偽作、あるいは偽書だという疑いすら出てくる。まして、【古史古伝】には、ほぼ共通したテーマ、あるいは目的のようなものがある。それは、そのほとんどが古代の権力闘争に敗れた側の豪族に伝わった文書というかたちをとっていることである。戦争に勝利した新しい権力にとっては、これらの敗北者の過去の歴史は抹殺の対象になるべきものであったに違いない。だからこそ、文書を保存しようとする敗者の側は、さまざまなカムフラージュを施すことになる。したがって、後世の私たちが読むと、難解で奇想天外な話として映り、それが歴史的事実だということがわからなくなってしまいそうになる。しかし、それは史実でないようなものに変えて伝えたために、そうなってしまった、と受け止めるのが正しい見方であろう。だとすれば、【古史古伝】を読む場合は、意図的になされたカムフラージュのベールを一枚一枚丹念に剥がしていけばよいわけである。するとそこには、消されたはずの私たちの祖先の歴史が、白日の下に晒らされるに違いない。

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つづく