紀元前の超ハイテク文明は封印した【縄文1章】

【縄文宇宙文明の謎 太古日本の世界王朝と超古代核戦争の真相】 著者 高橋良典より抜粋

謝辞 1995年12月にイルミナティの秘密中枢が日本のマスメディア・出版界から彼を密かに追放したため絶版となりました。

縄文アイヌの黄金文明は実在した?

アイヌの伝説は、その昔、日本列島にコロポックルという小人がいて、アイヌに駆遂されたと伝えられている。そして静岡県の浜名湖の近くで見つかった三々日(みつかび)原人は、この伝説を裏付けるように、大人の身長が150センチに満たない小人族であったことが判明している。しかもアイヌの伝説はまた、彼らの祖先が西からやって来た第三の種族によって東北・北海道の地に追われたことを伝えている。このことは、奈良時代・平安時代にまとめられた【古事記】や【日本書紀】。各地の【風土記】や説話集に、天皇族と蝦夷族の戦いの痕跡がとどめられていることからも確かな事実である。太古の日本列島をめぐるそのような戦いの原因は、これまでの歴史教科書や研究所には一行も書かれていない。が、私は【ジパングの黄金】にあったことえを突き止めた。こんな途方もない結論に至ったきっかけは、長野県の諏訪神社に秘蔵されている【神壺】の文字だった。その神壺の表面に刻まれた謎の文字を解読したところ、そこには「アイヌあつめしオサ(黄金)ささげたてまつる」と記されていたからだ。諏訪神社の銘文は、間違いなく太古のアイヌが日本列島の各地で黄金を採集し、いまとなっては想像もつかないほど華麗か壮大な黄金文明を築いていたことを暗に物語っている。いまではすっかり忘れ去られたアイヌの叙事詩【ユーカラ】に登場する英雄たちは、黄金の鷲鎧に身を包み、黄金の寝台で寝起きし、黄金の盃で酒を飲みかわしたと伝えられている。奥州藤原三代のミイラは、アイヌの秘伝に従って作られたが六重の棺に遺体を納めたその葬法は、かの黄金のマスクで有名なエジプトのツタンカーメン王の葬法とまったく同じだ。このことはいったい何を物語っているのだろうか。

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世界に勇躍していた太古日本のゴールドハンター

私はこれまでの長い間、縄文アイヌ黄金文明の実態をさぐってきた。すると驚いたことに、アイヌの祖先は、縄文時代に日本の各地で金山開発を強力に進めただけでなく、なんと海外まで進出して七つの大陸の金山を押えていたことまでわかってきた。その活躍ぶりはとても信じられないが、私たちの祖先の足跡は、太平洋とインド洋を取り巻くすべての大陸に及んでいたのである。たとえば、

  1. 西アフリカのガーナやナイジェリア
  2. ブラジルのアマゾン川流域
  3. 中米コスタリカのオサ半島
  4. スカンジナビアのウサ半島
  5. シベリア・エニセイ川・オビ川流域

などである。上記の列挙した土地に実際に行ってみれば、そこで読者は謎の黄金文明が栄えていた痕跡を確実に見つけることができる。過去何世紀にもわたってこれらの地域を侵略してきたヨーロッパ人は、そこに莫大な黄金製品があったことをはっきりとは報告していない。が、西アフリカのガーナやナイジェリアには、日本のアイヌ語で【金山】のありかを示すオダやオンドという土地があり、失われた西アフリカ黄金文明の源となった大金山が実在する。これと同じことは、中米のコスタリカや南米のブラジルにある【オサ】地名についてもあてはまる。

ブラジルのアマゾン川流域には、いたるところにイタビリトやイタピラ、イタイチュバ、イタジュバ・・・・といった【イタ】がついていることでも明らかである。しかもブラジルの奥地に住むフルニオ族は、日本人そっくりの顔立ちをしていて、日本語とよく似た言葉を話している。フルニオ族の女性がアイヌ女性の間で【ポンクツ】の名で知られる【貞操帯】と同じものを身につけていたことや、【フルニオ】がアイヌ語で【樹の多い丘(密林の都市)】を意味することを考えあわせると、ブラジルの金山開発者が日本のアイヌであったことはますます確実といえるのだ。

アメリカ大陸の文明は、コロンブス【再発見】以来、ピサロやコルテスその他の征服者によってことごとく破壊されてしまったが、それ以前にアイヌの祖先がアメリカでも輝かしい文明を築いていたことが、いまようやく明らかになろうとしている。また、中米コスタリカの国名は【黄金海岸】を意味するスペイン語だが、それ以前は、「オタ海岸」として知られていた。その証拠に、コスタリカ黄金文明の源となったこの国の南の半島は、いまでも【オタ半島】と呼ばれているのである。

日本列島は世界文明の発祥の地!?

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日本探求協会は、縄文時代の日本にアイヌの黄金文明が栄えていただけでなく、その文明が世界的な規模で広がっていたことを解明しようと、過去十数年にわたって調査を行ってきた。その結果わかったのは、これまで概略を紹介したように、縄文アイヌが世界各地に広がって金山開発し、ヨーロッパの征服者がその輝かしい記録を抹殺するまでは、地球上の各地に黄金文明を築きあげていたという事実である。私が大胆にもこんなことがいえるのは、実際に私自身が南米エクアドルの地下都市から出土した黄金板碑文を解読した結果、そこに紀元前700年ころ記された日本の文字と日本の言葉を発見したからだ。碑文に何が書かれていたかは、排出【太古日本・驚異の秘宝】(講談社)や【ムー大陸探検事典】(廣済堂出版)を読んでいただければよくわかる。ひと言でいえば、紀元前七世紀までは日本の王は世界を治めていたのだが、問題となるのは、その日本の王が小人族=コロポックルの王だったのか、巨人族=アイヌの王だったのか、それとも第三勢力の王だったのかということである。私はこれまで十年近く、この点について結論を出せないできたが、つい最近ようやくその答えを見つけた。

その決定的な答えは何か・・・・といえば、それは、日本が地球上で最初に成立した国であり、ティルムンと呼ばれた太古日本の世界王国がさきに述べた三つのタイプの【日本人の王】によって治められてきた、ということである。つまり、私たちが現在住んでいるこの日本列島はかつて世界文明の発祥地であり、日本から世界各地に広がった私たちの祖先が、古代日本ティルムン第一王朝シュメールの時代には【メソポタミア】、古代日本ティルムン第二王朝インダスの時代には【インド】、古代日本ティルムン第三王朝エジプトの時代には【アフリカ】に世界の都を置いて地球を治めていた、という驚くべき結論である。これら三つの世界王国の王はシュメール時代が古代日本のコロポックル、インダスの時代が古代日本のアイヌであり、エジプト時代は小人族(コロポックル)と巨人族(アイヌ)の合体によって成立した平均身長の日本人【カラ/クル族】の出身だったのである。

世界に君臨した縄文日本の王・ツタンカーメン

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こうして紀元前七世紀まで世界を治めていた日本の王が、その祖国である日本列島の支配をめぐって争った具体的な経過を明らかにするのはこれからの課題である。が、縄文日本の王が世界を治めていた証拠はすでにいくつかあがっている。その証拠のひとつによれば、かつてエジプトに世界の都を置いたテーベ王朝のファラオ、ツタンカーメンもまた太古日本の王であったことがはっきりしている。私が【アイの胸飾り】と呼んでいる2800年前のエジプトの宝物には、これまで欧米のエジプト学者も読めなかった謎の銘文が刻まれている。これを私が解読してみると、そこには

日経る(ひふる)天日(あむひ)とともに出づる

トゥトアンクアムン

永遠(とわ)に在れ(あれ)

と書いてあった。テーベ王朝最後のファラオ・アイ(日本神話の高木神)が残した胸飾りには、なんと、古代日本の文字と言葉で、われらの王ツタンカーメンの死後の幸福を祈る文句が刻まれていたのだ。この銘文が意味するものは何か。それはツタンカーメンが”日経る天日”とともに生まれて世界に君臨した縄文日本の王であったことを物語っている。そしてここに見える”天日”紀元前八世紀の大戦(核戦争)と天変地異によって失われた古代日本の宇宙文明の遺産なのである。この”天日”が縄文時代に世界を治めた天皇たちの飛行機械=円盤UFOである。などといえば、読者はまさか、と思われるにちがいない。が、その証拠は地球上の各地にたくさん残されているのだ。

超古代文明 298A3「聖徳太子、蘇我家、核戦争(ツタンカーメンは日本人)、日本神道とイエス、富士文書、竹林の七賢人」竹取翁博物館(国際かぐや姫学会)2016.8.30

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