カネの本質(私自身の無能な見解)

​カネを沢山もって何処の無人島に持っていったところで、おそらくメモ用紙にもならない価値しかないだろう。何故ならば、そこにカネが流通していないからだ。

最初はカネというものは自然にあった貝とか石とか金とか銀とかの実質的なものを利用していたが、その自然なものは無尽蔵にあるわけではなく、その実質的なカネを持てば持つほど、片や、持っていない人間との争いが生まれて治安が乱れて、このカネを安全に預ける場所がないものかと生まれたのが、銀行の原形である。

最初は単なる善意からの預かり所だったが、これが時が経つに連れて一般的に広まることで、善意からの預かり所(銀行)そのものが価値であると人間は信じこみ【妄信】、今までの実質的なカネの引換券そのものを実質的なカネと同様に価値があると信じこみ【妄信】、その引換券そのもので売買するようになった。

そして、更に時が経過するとともに、預かり所は引換券そのものに価値があるのだから、実質的カネよりもたくさん造幣しても気がつかれることはないということで始まったのが今の銀行の根本的基礎である。

要するに何もない状態から信用という洗脳帯びた社会のもとで、完全バーチャル化されたのが今のカネである。しかしこれは銀行の中の銀行のキングオブキングの特権であり、その傘下の銀行(国々の地域銀行)は自由自在に操ることは皆無である。

そして、最近の膨張と破裂の繰り返し(バブル=人工的)によって地価の担保割れ(不良債権)が発生して、公的資金投入されて地域銀行維持できても、資金流動性は滞っていて、結果的に地域社会経済(国民経済)は疲弊したままである。

補足PAPT1】

お金を創ることは、片や借金(債権)を生み出しているということである。借款において、借金(債権)を課せていることにもなる。そして、もしも、借款が止まれば、銀行が不良債権を被ることになる。ただし、あくまでも、そのカネが流通している場合である。

あくまでも私の銀行は地域銀行です。日銀はキングオブキングの下請け銀行なので、地域国民経済とは無関係と言っていいぐらい、売国奴システムだと思います。負債勘定はあってないようなものではないでしょうか。

【補足PAPT2】

★最近騒がれている日本の借金について★

地域銀行はバブルの膨張破裂【※中央銀行と1%の策略】によって、債権回収不能【不良債権=地価担保割れ、企業倒産】で経営が行き詰まり、他の銀行と合併したり、公的資金投入で何とか維持できるが、その温床として規制がかかり、今まで通りのカネの貸し借りができなくなっている。国債買ってもマイナス金利【持つだけ赤字】、今まで通りの貸し借りもできない、そうなるとリスクがあっても海外投資せざるを得ない。

巷で騒がれている国の借金は、確かに資産です。しかしながら、相手は現物価値があるものを買って、引き換えに約束手形をたくさん渡しますが、いざ、私達が現金に換金しようとしても、全て不渡りになっている状態が常態化しています。つまり、日本べースの円で考えると債権の借款が滞って円が日本全体に血が通わないため、日本国内の経済が悪循環になっている。もう少しわかりやすく言うならば、円が喪失の方向(価値がなくなる方向)になれば、誰も円を持たなくなるわけで、持っていても、ただの紙切れになるということである。しかし、殆どの日本人は日本で生活して円をべースで売買しているため、円がなくなる方向に向かうのは、我々自身の生活を失うに等しいわけである。

【補足PAPT3】

円は毎年バカみたいに刷っていると思われますが、それを銀行の裏にいる投資ファンドによって、株券、デリバティブ派生商品、ETFによって、円が海外に結果的に流れてしまっているのが原因です。つまり日本のメガバンクと日銀は日本という猫をかぶったFRBの下請け銀行ドルべースでの運用になります

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