右とか左とかはスポーツの世界だけにして欲しい

敢えて言わせて貰えば、左翼というのは身近な私生活で例えるなら、自立心がなく常に誰かに依存して人のせいにすることです。助け合い、思いやりの精神はありません。自分さえよければいいという合理主義者です。
しかし、奥義を言わせて頂ければ実は右も左もありません。それは意図的にお互いを敵味方と区別して戦わせることが権力者にとって都合が良いのです。一番大事なのは、己の周波数が高いのか低いのかということです。つまり高ければ高いほど光を帯びますが低ければ低いほどブラックホール(星の死体)に包まれるということは科学的に認知されています。

最終的に行き着くところはお金に支配された物質的欲望ヒエラルキーかお金に支配されない宇宙的自然ヒエラルキーだと思っています。端的に言えば己の精神が光に包まれているのか闇に包まれているのかです。私個人は殺し合いの儀式ないし戦いは好まない平和主義者です。物事は人間の煩悩によって理屈積み重ねて複雑化していますが、物事の本質はシンプルです。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中