人間 の次元レベル とは

​人間は己の存在を自我として認識するために、何かに対しての善か悪か、事実か虚像かを区別しなければ己の存在そのものを三次元空間認識としてのカルマに常に苛まれている。我々自身の三次元としての固体は宇宙のありとあらゆる粒子の衝突から光になり、そして光の塊が何度も融合を繰り返し電子を帯びてプラズマ化して空間を作り出し、そこから原子を生み出し、そして、また何度も融合して分子を生み出し、そして何度も融合して気体、液体、固体として初めて我々が認識できる三次元の形になるわけだが、その三次元の形に対して善悪を区別するのも我々人間であり、その三次元の形に対して何かを感じるのも我々人間である。要するに人間が森羅万象に対して己の自我によって何かに対して勝手に区別し、勝手に意識をし、そして勝手に感情を放出させているだけに過ぎず、宇宙の大自然は時空間を超えて無限である。つまり人も自然も宇宙の一部であって、それ以上でもそれ以下でもないということである。人間はその宇宙の多次元を切り離して三次元の中だけで解釈するからこそ、宇宙の強い結びつきを無視して存在だけを存在認識として存在解釈することで煩悩に浸り、見えない形ないものを冒涜すること(例 精神、心、魂、愛)で何度も過失をし、そのカルマに苛まれている。モーセ、イエスキリスト、ムハンマド、釈迦のような高徳な人間が、(目には目を歯には歯を)というものを大切にしている。人間は人間としての存在そのものが罰であるから常に戒めを体得しなければならない。そして、ありとあらゆる森羅万象の恵みによって我々は生かされていて、常に深い感謝を持ち崇めなければならない。

今現在の組織、集団は世界構造的に私利私欲の個人主義が常態化したことによって、学者とか専門学識を持つ人間も常に誰かの顔を伺いながら目先のものに呵まれて煩悩力学が働いているため、完全に軸が歪んで穢れてしまって、誠意を感じない。今の人間は大局観(時空間を踏まえた上でのモノに対する考え方)宇宙観(大自然に対するモノの考え方)が完全に劣化したため、結果的に大自然のカルマの危機すらも感じ取ることができない。自虐的、物質的、私利私欲の自由を履き違えた弱肉強食思想の世界洗脳支配から離脱しなければならない。ネットは時空間を超えた三次元よりも上の領域だが、人間の意識は三次元認識思考のままだから、今流行に便乗して宇宙とか人工知能とかを語る博識者に対して、まず貴方の次元認識レベルを上げることが先であると節に思う。三次元というものは三次元よりも上の世界では簡単に呑み込まれるということを宇宙の常識の基礎知識として認識しなければならない。
私が思うには、今のネット世界は三次元空間認識ではなく、多次元空間認識であると思っている。何故ならば、時間と空間に影響されずに電波を送るものであるからである。従って、三次元空間の中で起こる事象においての善悪や何かを罰する罰しないというのも、三次元よりも高い次元の世界では全く影響されない。寧ろ、低い次元は高い次元に勝ることはなく、超自然的に高い次元に覆われる宿命ともいえる。しかし、問題なのは、人間自身がネットを活用して電波を発信していることは三次元よりも上の世界であるが、人間の頭の思考回路は三次元空間認識のままであるから、やっていること言っていることが、実際は次元認識レベルが違うわけで、結果的にその時空間認識の乖離に苦しめられている。だからこそ三次元のままで多次元に移ろうとした時に、次元認識レベルが低い人間は、自ずと高い次元に呑み込まれることになると解釈する。

【追加】私の知識量と直感では、今の1 0~20代世代は便利から咀嚼に入っている時代だから、かなり次元認識レベルは高いと思っている。そして今の30~50代は便利を嗜む世代で物質的欲望ヒエラルキーに最も洗脳された世代だから次元認識レベルは低いと思っている。そして60代以降の世代は戦後復旧から間もない頃で宇宙自然ヒエラルキーの方が物質的なものより勝っていた世代だから次元認識レベルは高いと認識している。

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