封印された南朝皇統と天皇の金塊の謎

私なりに解釈すると、あの当時の日本は明らかに西洋と比較すると科学技術の発展に関していては遅れていた。ペリーが渡来して金塊を手に入れる前に一足先にアメリカに渡っていたジョン万次郎を通じて国際情勢を知る事によって、まず龍馬が長崎を何度も訪れていたグラバー武器商人のビジネス家来になって、その他には志高い志士たちをあちこちで秘密裏に海外留学させて(有名なのは長州ファイブ)西洋文化や法律等の仕組みを学ばせた。当然対価としての金塊を裏で天皇が渡していたと個人的には思う。しかし、そこには大きな企みがありグラバーの大元はロスチャイルド家が絡んでいて倒幕派と幕府派に武器を与えて、更に英国ロッジ主体に教育された倒幕が勝つように仕組んでいた。つまり、倒幕側は最新武器を渡し幕府側は一昔前の武器を提供する過程で天皇の金塊を根刮ぎ持っていき、お互いを潰しあいさせることで日本を完全に弱体させて植民地支配する計画だったが、そこは徳川慶喜の無血開城で何とか半植民地で留めた。その明治維新以降は英国ロッジ教育を受けた志士が日本を動かしていたわけだが、彼ら本人は英国ロッジがサポートしてくれていたことは認識していたと思うが、ステルスで動くロスチャイルド家が長期的に陰謀の渦に巻き込んでいくことは誰しも想像もしなかっただろう。それで完全に陰謀の罠に嵌まったのが日露戦争であり勝つには勝ったが、経済的には膨大な借金を背負わされ完全にお金で支配される始まりになったと考える。

【南北戦争】植民地の無力な人たちがジョージ三世の手から永久に自分たちのお金の発行権を獲得しようとして、国際銀行家たちの間で起こったのが独立戦争の主な理由だったのです。

ベンジャミン・フランクリン

日本の場合の明治維新も本質的には同じだと思います。しかし、あの当時の日本は金塊が豊富にあったから南北戦争のように露骨ではないが、短期的か長期的かの違いにすぎない。

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