明治維新の真相

明治維新の真相

植民地から収奪する方法には大きく二つあります。


一つは、直接的に軍事侵略して資源を奪うやり方。二つ目が、支配し自国の製品を売りつけて利益を得る方法です。

【あの当時ならモノを売りつけて日本の金塊を搾取すること】
【ブレトンウッズ体制以降の今なら地球(金融)支配階層が借金を負わせること。つまり債券を買わせること(言い換えると国債発行して恒久的な利鞘の確保)さもなければ実質担保価値の差し押さえ】
※【 】は私個人的に追加説明致しました。
当時の日本を金融支配するには、武士団をなくし、「お金のいらないおもてなし社会」から「お金中心のエゴ的競争社会」に変えなくてはなりません。
そこで、ロスチャイルド達世界銀行家たちに使われたのが、薩長の志士たちなのです。日本の武士道は、「戈(ほこ=たたかい)」を止める道です。空手道の形も受けから始まります。相手を殺す必要もなく、武器を落として、高い霊性で感化して味方にするのが究極の武の道です。間違っても、市民を殺戮するということはあり得ませんでした。
ところが戊辰戦争では、薩長主体の官軍は、恭順を示して城で武装解除を待つ武士団のお膝元の町で、女性を陵辱し、殺害し、火を放って廃墟にしていったのです。ヤマトごころを失った、まさに西欧植民地軍と同じ霊性に陥っていたのです。それ故、侵略された会津では15才の白虎隊まで母、姉の敵(かたき)に、最後まで武士道の範を示して戦ったのです。
戊申戦争は、米国の南北戦争後、不用となった数千丁の新型ライフル銃を、薩長と幕府双方に売って、戦いがどのようになってもお金儲けできるようにしたロスチャイルドの仕掛けでした。
勝った明治政府以降作られた歴史では、薩長を英国が、幕府をフランスが支援したことになっていますが、グラバー邸に代表される英国ロッジと、江戸の仏国ロッジの裏にはロスチャイルドが糸を引いていました。植民地支配の「分断して統治(divided &ルール)せよ」の原則の適用です。さ
戦争は、激しく大きいほど、世界金融支配体制の武器部、製薬品部、石油部、建設部等々に膨大な利益をもたらせてくれます。時代とともに、彼らのお金儲けの手段が、胡椒・砂糖から武器、石油、原発、医薬品、遺伝子組み換え農作物と手段が変わってきただけです。その典型が子宮頸ガン予防ワクチンなのです。
東北から、「勝った、勝った!」と本来の日本人の品性を欠いた騒ぎをしながら帰ってきた官軍を見て、江戸市民は、「これで日本も500年とは言わないが、300年は時代を(つまり戦国時代に)遡(さかのぼ)ってしまった。彼らは三代もしないうちに、この国をイギリスやアメリカに経済的に売ってしまうだろう」と影で嘆いていたのです。三代後とは、いうまでもなくアメリカのポチ公となっている現代日本の為政者達を予見していたわけです。
元自衛隊陸将補の池田整治先生のサイト引用



今の世界は、超端的に言わせて貰えば、資本主義の支配つまり、銀行による【お金】の支配そのものが陰謀そのものだ。お金に対する本質的なことを理解していない人間はおそらく思考停止してしまうかもしれないが。

思停止してしまう方はお金ができる仕組みを閲覧ください。

http://hymisoshiru.blogspot.jp/2016/08/mechanism-of-money-prat1.html

2016-08-16_193008

 

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