お金ができる仕組みの歴史的背景PART1

アメリカの実業家において超大物の何人かのの人々はある事を忘れている。彼らは知っている。何処かにとても巧妙に用心深く賢く完全に連結され邪悪な組織化された恐ろしい力があることを、そしてそれを糾弾する声を出してはならないこともわかっている。

ウッドローウイルソン元アメリカ大統領 

2016-07-30_021832

いつあらゆる時代でも銀行ローンを作っている。新しい信用貸し、新しい預金、そこから真の新しいお金がつくられている。

グラハム・F・タワーズ カナダ銀行(1934~54)

銀行がお金をつくるプロセスは心が拒否してしまうほど簡単で受け入れ難い。

ジョン・ケネス・ガルブレイス経済学者 

通貨の発行と管理を任せてくれそうすれば誰が法律をつくろうとも私の知った事ではない。

マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド銀行家 

2016-06-04_145200

負債としてのお金 【お金=借金(信用創造)】

私たちの生活を支配している二つの大いなる神秘がある。愛とお金だ。「愛とは何か」という疑問は物語や本、歌、映画、テレビなどのよって隙間なく探求されてきた。

しかし、もう一つの疑問「お金とは何か」については同じように探求はされてこなかった。お金の仕組みをあらゆる超大作映画が教えてくれないことは驚くことではないが、みんなが通ってきた学校においてでさえほとんど教えられることとはない。私たちが「お金はどこからやってくるの?」という疑問を持つ時。造幣局がを印刷したり貨幣を刻印している様子が心に浮かぶ。私たちはお金が政府によって作られていると信じている。それは本当だ、でも事実の一端に過ぎない。私たちがお金として考えられている紙幣や貨幣は造幣局という連邦政府機関によって生産されている。しかし大半の莫大なお金は造幣局によってつくられているのではない。それは銀行と呼ばれる民間の会社で毎日とてつもない金額が創造されているのだ。私たちのほとんどは、預金者によって預けられお金を銀行は貸し出していると信じている。だが、それは事実ではない。

事実は預金や銀行が稼いだお金を貸すのでなく、借り手が約束している返済からお金を創造している。ローンの書類への借り手の署名は銀行に対しローン金額と利息を支払う義務を負う。返済できなければ、家や車などの資産を失う誓約をさせられるのだ。それは借り手が果たさなければならない大きな約束である。同じ署名が銀行にも必要とされているだろうか?銀行は借り手の口座にローン金額をちょっと書き込むだけで魔法を使ったようにその金額を手に入れる。それって絶対おかしくないか?でもそれは事実なのだ。この近代の銀行の奇跡を説明するためにちょっとした昔話をしましょう。

ゴールドスミス(金細工師)の話

過去さまざまな時代にいろんな物がお金として使かわれてきました。それは持ち運びできるものでなければならなかったし、後になっても衣食住に関わるものに代えることができる。人が「十分に価値がある」と認めるものでなければなりませんでした。貝、ココアビーンズ、きれいな石、羽根でさえお金として使われました。金と銀はとても柔らかく簡単に加工できるものとして魅力的で地域の人々の中から金属の専門家が誕生しました。ゴールドスミスはコインを鋳造することによって取引を簡単にできるようにしました。このコインは標準化された単位として重さと純度が保証されました。そのお金を守るためにゴールドスミスは金庫を必要としました。やがて町の仲間がやってきて彼らのコインや貴重品を守るための場所を貸してくれるように頼むようになります。しばらくしてゴールドスミスは金庫の中を棚ごと貸し出し金庫貸しとしてちょっとした収入も得るようになりました。

何年か過ぎゴールドスミスはずる賢い観察をしました。預金者は彼らの金を実際に動かすことはめったにない。そして彼らがまとめて一度に金を取りに来ることもない。そこでゴールドスミスは金の預かり証に決済機能を与え、それがあたかもお金そのもであるかのように町に流通してゆきました。この紙のお金は重いコインよりとても便利で支払いの時にいちいちお金を数える代わりに金額をただ書き入れるだけでいいのです。一方、ゴールドスミスは金に利息をつけて貸し出すというもうひとつのビジネスも始めました。

彼の便利な紙のお金が受け入れられることによって、借り手は金属に代わって紙のお金でローンを頼むようになりました。産業が拡大するにつれてさらに多くの人々がゴールドスミスにローンを頼むようになりました。これが彼にさらに良い考えをもたらしました。彼はほとんどの預金者が金を実際に動かすことがないのを知っていました。彼は考えました。彼のもっている金に加えて預金者たちの金を担保に紙幣を貸すことができるのではないかと。ローンが返済される限り預金者は何も気づかず何も悪いことはない。こうしてゴールドスミスは、もはや金細工職人でも金庫の貸し手でもなく、とても大きな利益を生む銀行家という存在になりました。

何年かゴールドスミスは密かに全ての預金者の金を元手にして金利の良い収入を得ていました。今やゴールドスミスは傑出した銀行家になり同じ街の仲間よりも裕福になって誇らしげにそれを誇示しました。街の住人たちは、彼が預金者の金を使いこんでいるのではないかと疑いをもつようになりました。預金者たちは集まって、もしゴールドスミスが彼の財産についてはっきりしないならば金を引き出すぞと脅しました。期待とは裏腹にこれはゴールドスミスにとって参事にはなりませんでした。彼の計画はペテンにもかかわらずアイデアはうまくいったのです。預金者は何もなくすことはなく彼らの金はゴールドスミスの金庫の中で安全であったのです。そこで今度は彼らは金を引き出すよりも、ゴルードスミスに金利で得た分け前を支払うように要求しました。これが銀行業の始まりとなりました。

銀行家は低い利息を預金者に支払い、それから高い利子をつけ借り手に貸し出しました。その差額が銀行の利益と営業経費をカバーしました。この理論は簡単で信用貸しの要求を満足させる理にかなった方法のように思われました。しかしこれは現在の銀行が行っているやり方ではありません。わが銀行家ゴールドスミスは預金者に分け与えられた金利の後に残った収入だけでは満足しませんでした。この時代銀行家に対する需要は世界的に拡大しヨーロッパでは急成長を遂げました。しかしながら彼のローンは金庫にある預金者の預金量に制限されていました。そこで彼は大胆なアイデアを思いつきました。彼の金庫にある中身のことは彼以外誰も知らない。金がなくても紙幣を貸し出すことができるのではないか?紙幣の持ち主が同時に金の返還を要求することはない。誰も気づく者はいないだろう。この新しい計画はとてもうまくいきました。そして銀行家は実際にはありもしない金の金利によって莫大な富を築くことになったのです。銀行家が何もないところからお金を作り出すアイデアはとても信じがたい乱暴な不法行為でした。

長い間この考えを人々は思いつきませんでした。しかしお金を発明するその力とアイデアは、あなたも想像できるように銀行家をとても喜ばせました。やがて銀行のローンの大きさと彼の仰々しい富がまた猜疑を起こさせるきっかけとなりました。何人かの借り手が紙の預かり証をもってきて本物の金を要求し始めました。噂は広がって突然お金持ちの何人かが彼らの金を引き出すために現れました。ゲームは終わりました。たくさんの紙幣の持ち主が閉じられた銀行のドアの前に群がりました。銀行は彼らの持ってきた全ての紙幣に見合う十分な金銀を持ち合わせてはいませんでした。これは銀行の取り付け騒ぎと呼ばれ、全ての銀行家が恐れていることです。この銀行の取り付け騒ぎ現象は個々の銀行を破綻させました。そして当然のごとく銀行の信頼はボロボロになりました。お金を何もないところから創るには、法律を使うのが一番簡単な方法でした。銀行家が提供する大量のお金がヨーロッパの産業拡大には不可欠なものになっていたのです。

こうしてお金を創る方法が法律化され規制化されました。銀行家は無からお金を創り出すお金の量の規制に同意したのです。その限界は金銀の実際の量よりも何倍も大きな量であり続けました。その通常の割合というのは実際の金が1の量に対して虚構なお金は9だったのです。このような規制が政府の抜き打ち検査によって実施されました。中央銀行は地方銀行を金の緊急注入をもって支えそれがまた取り付け騒ぎの際の調整として使われました。一度にたくさんの取り付けが起きない限り、銀行の信用貸しはバブルがはじけたりシステムダウンすることもなくなりました。

2016-07-15_063838

2016-07-15_065556

   hymisoshiruの独自見解

人と物の借款(売買)が実体経済であり、その媒体がカネという紙幣であり、現実世界と一律な経済社会である。例え騙されたとしても裏打ちされたものが担保としてあるわけだから人々は生きていける。しかし、人と物の借款(売買)がなくなり、媒体であるカネだけでの借款(売買)になれば利息という利鞘が生まれて、現実世界と乖離的な経済社会になる。その場合、騙されたときに裏打ちされたものが担保としてなくなるわけだから人々は生きていけなくなる。数字で例えると実体が100という流通量ならば、今は1000という流通量であり、残りの900は実体が存在しない人間の精神である信用創造で成り立っている。しかし、この人間の精神が不安定になればなるほど大きな波を生み出し、人間のモラルハザードによって人間そのものが飲み込まれてしまうわけである。二十一世紀に入ってネット社会が一般化されてきた。今までは、カネという信用を情報で成り立たせていた。しかし今は、情報【信用】そのものがカネと一体化したおかげで、カネの実質的な価値がなくなってきた証かもしれない。

経済とは借款の循環が活性化すればするほど人々が活動的になり豊になる。
従ってカネという信用に大きい小さいはない。

AS THE CIRCULATION OF THE LOAN IS TO BE ACTIVATED WITH THE ECONOMY, PEOPLE BECOME RICH BECOME ACTIVE.

THERE IS NO LARGE AND SMALL TO CREDIT [MIND] THAT MONEY.

2016-07-29_085728

2016-06-04_161132

1801年、中央銀行に対し不信感を持つトーマス・ジェファーソンが第3代大統領に就任しました。
ジェファーソンは財務長官であったアルバート・ガラティンに宛てた手紙の中で次のように述べています。

「私は中央銀行制度が我々の自由に取って常備軍よりも危険なものであると心の底から信じている。 もし米国民が、最初はインフレにより、次いでデフレによって民間の銀行が自国通貨の発行を操作するのを許すようなことがあれば、 彼らの周りで太り行く銀行や企業は人々の有するあらゆる財産を剥奪し続けるだろう。 (中略)通貨の発行権を銀行から取り戻して、その正当な保有者である国民に返還しなければならない。」

2016-08-11_084203

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中